Tuesday, July 17, 2007

about the Winny

公務員や大手会社での情報漏洩で騒がれているWinnyの利用に関して一言。

よく利用者側の反論で「利用云々は個人の自由である。」というのがある。要するに、Winnyを利用するなという命令や指示は受け付けないという意思表示だ。まして個人宅に設置してあるPC上での利用なら尚更ということらしい。未だにAnti-Virus Software等を導入していれば何の問題も無いと判断している人間も居るようで、いやはや無知とは恐ろしいものだなとも思う。

私が勤めている会社でも、ようやくWinny禁止令が出た。個人宅のPCでの利用も完全に禁止だ。遅すぎるくらいなのだが、まあやはりというか、当然の如く、会社資産での利用はまだしも、個人宅のPCで禁止というのは納得出来ないという意見が出た。対する社長の見解は「我々は計算機を扱うプロなのだから、その自覚を持って良識で判断せよ。」という感じのものだ。会社から社員個人宅での行動に関して強く言えないというのもあるだろうけれども、漏洩の多くの場合は個人宅PCからのような気がするが。

と、ここで個人的にずっと違和感を感じている部分がある(だからわざわざエントリーを書いているのだけれど)。本当に、今現状においてWinnyの利用は個人の自由で保障される範疇なのだろうか。そもそも個人の自由とは何ぞや。

日本国憲法第12条には以下の記述がある;

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。

又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

自由は公共の福祉の為に利用してねと書いてある。では次に公共の福祉とはなんぞや。

公共の福祉 - Wikipediaには以下のような記述があった;

公共の福祉(こうきょうのふくし)とは、人権相互の矛盾衝突を調整するために認められる衡平の原理のことをいう(一元的内在制約説・通説)。もっとも、日常の用語としては、「公共の」(public)=「個人のではない一般の」(not private)、「福祉」(welfare)=「幸福」(happiness)、すなわち「社会一般の利益」を指すものとして用いられることが多い。

ここでWinnyに話を戻そう(いや戻すには少々乱暴かもしれないが、まあ余り時間もないので)。現状確かにWinnyというアプリケーションの利用に関しては公共の福祉に反しないとは思うし、個人の自由だろうとも思う。だがそのアプリケーションが接続するWinnyネットワークとなると話は別なのではないかと思うのだ。Winnyはファイルの共有に中央サーバーを必要としないピュアP2P方式で動作し、それ故に一度Uploadした(またはUploadされた)ファイルを削除することが現実的には不可能と判断してよい。これはWinnyネットワークを管理することが非常に難しいという事を指していると感じる。その管理が難しいネットワーク上には何が存在するのかというと、多種多様に偽装されている、強力な個人情報暴露系ウィルスに感染した著作権的にNGなファイルや、それらで暴露された個人情報や、企業や国家の機密情報等がごっそり存在するわけだ。

以上の話は私が個人的に考える事で、これは法的にどうこうとか(そもそも公共の福祉というKeywordによって個人の自由を縛るのは非常にデリケートな問題らしいし)そういう話ではないのだが、どう頑張って、どう好意的に考えてみても、Winnyネットワークの存在は公共の福祉に反しているようにしか思えない。つまり、Winnyの利用は個人の自由云々の話ではないと思うのだ。そもそも管理が困難な仕様のネットワークなんて仕様的にバグなんじゃないのか。

なんて御話を聞かせれば、プロとして云々なんて、論理的でもなんでもない、なんだかよくわからない話を持ち出すよりもいくらか説得力的にマシだったんじゃないだろうかね?と思った御話。

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