Thursday, January 1, 2009

I must be more modesty and hungry.

大学時代からの親友が年始の纏め日記でも書けと文句を言うので書いて見ます。

2008年の仕事から2009年の抱負と目標に関して

2008年は課目標の売り上げを達成することが出来ませんでした。原因は、不況による投資の冷え込み会社としてお客様へアピール及び提案できる営業材料不足、そして単純な営業機会を呼び込む又は作り出す努力不足ということだったのではないかと自己分析しています。

今は正直、どれもこれも一筋縄で乗り越えられる課題ではないと認めています。これは一人で乗り越える課題でなないし、仮に一人で乗り越えられたとしても、それは何かしらの会社組織として根本的に解決しなければならない大切な問題を、先送りにしたにすぎないでしょう。何故なら後述しますが、私が望む組織とは、永続的に改善サイクルが回り続ける組織であり、所属する人間が優秀か優秀ではないかで出力が決まったり、ワンマン体制の組織ではないからです。従って前に述べた2008年の課題に対して、2009年の抱負と目標は、これら課題を自配下員全員が勤続年数に寄らず、私から与えられるのではなく、各自で課の売り上げ目標に対する分析を自発的に実行するようになるように教育すること分析結果の課題に対して有効な施策検討が、放っておいても各自から提案や解決する為の場が設けられ、計画が生成され施策が実行される環境が構築されること、そして何よりそれら改善サイクルが、そもそも日々の業務フローに組み込まれ、担当者によらず継続的に対応が進められるような環境を構築することになります。

プロジェクトは以上ですが、自分に関しては、勤怠の改善主任への昇格が達成された年でした。ただ、2008年、よく周りから言われたのは、君にはカリスマ性があるという事でした。これは宜しくないです。私はカリスマ性なんて物に頼ってマネジメントしたくない。従って2009年は、もう一度初心に帰り、実るほど頭を垂れる稲穂かなを肝に銘じ、真摯に、とにかく謙虚に、そして決して現状に満足せず果敢に向かって行こうと思うのです。あと、サクッと係長にでもなってやりますよ。サクッとね。

2008年の私生活から2009年の生き方に関して

私生活に関しては、そんなに目立った何かは無かったりします。思うに、単に行動してなかっただけの気もします。事実、2008年、私が見てきた普段生活している世界は、灰色でしたし、そう思い込んでいました。そっちの方が楽だから。でも、結局立ち向かわなきゃ行けないものは、立ち向かわなきゃダメなのね。ほんと。ああー!面倒臭え!でもダメなんだ!クソッたれ!やってやる!2009年は生きてやる!俺が本気で生きてやるぞ!お前等、目かっぽじって、俺がどんなにハングリーか、俺がどんなに謙虚になっているのか、しっかり監視してろよ!

そんな感じでした。

Monday, January 28, 2008

Suites for Lute

J.S.Bachのリュート作品集を購入しました。

個人的に壮大なオーケストラよりも、室内楽的な小さめの編成だったり、ソロだったりする方がクラシックとして好きなんですけど、そういう意味で絞っていくと私はJ.S.Bachにたどり着くようなのですが、このリュート作品も素晴らしいですな。これも前回のフーガの技法と同じで適当に掘り出し物を探していたときに、偶々デジタル録音モノで安くなっていた輸入版を見つけたノリなんですけど、いや得しました。リュートの音がとても柔らかいんですけど音の粒が明瞭で非常に安らぎます。実家のオーディオを無理してでも車で運んできた甲斐があったってもんだ。

と、音楽ネタ的にはクラシック周りとRadioheadくらいしか無いのですが、なんとなく思い切って洗濯機を購入しました。以前からどうにも回転が弱くなっていて、粉洗剤が溶けずに残ったままになっていることが多発していたので、しかたなく手で混ぜるようにしていたのですが、よく考えると今使っている洗濯機はもう8年近くは使っていることに気付いたので、まあケチケチしててもしょうがあるまいと思い、購入した次第です。BW-8HVAW-80DEで迷ったんですが、結局日立の方は中途半端であると結論付け、低騒音と洗浄力もそれなりにある東芝の方に決めました。なんだかんだで値切ってくれて、まあ最安値とまではいかないまでも、量販店で購入する分には十分に値切れたかなぁと思います。2月10日くらいに届くようで楽しみですなぁ。

Tuesday, January 15, 2008

Radiohead - In Rainbows

ダウンロード販売には手を出さずCDで発売されるのを待ってました。

相変わらず期待を裏切りませんね。個人的にはPablo HoneyAmnesiacが1位2位を争っていたのですが(いや、全部好きなのですけれど)、これは、この纏まり間とツボを押さえて、かつオリジナリティと新鮮さを叩きつけてくるこの躍動感と、毎回御馴染みの湿気を帯びた纏わり付くような気だるさ、これは、さらに壊れ気味のRock、Rock、Rockです。めちゃくちゃRock。最高にRock。これは最高です。

もっかい。これは最高だ。

基本的に全て最高なので、なんというか、アルバム全体に纏まり感があって、いや無いのかもしれないけれど、個人的にそれをすごく感じていて、どのナンバーがどうとかそういう御話が、とってもし辛いのです。15 stepIdiotequeの様な無機質なドラムの音から始まりBodysnatchersの切ない興奮、Nudeの寒々とした落ち着き、Weird fishes / arpeggiの開放感と疾走感、all i needのぬくもり、上品なアコースティックを聴かせてくれるFaust arpReckonerの寂しさと孤独感と何か奮い立たせてくれるようなイメージ、包み込んでくれるようなHouse of cards、何か煽られるような人工的なJigsaw falling into place、個人的に一番大好きで安らげるピアノの音色がメランコリックなVideotape

もう一回だけ言うけど、これは最高なんです。これがPopでありRockなのだよ。

で、最高なナンバーを垂れ流しながら久しぶりに原宿から渋谷までテクテク買い物がてら散歩でもしてみました。散歩という表現が適切な程のんびりしたものではなく、寒空の下、新成人と何故かいついっても祝日でも居る中高生の集団を掻き分けて竹下通りを、目当てのスニーカーショップめがけて黙々と歩いたものの、結局そこに無く、ついでだからと渋谷センター街まで足を伸ばしたのでした。目当てのスニーカーとはMerrellのJungle Mocなんだけど、これのDark navyが欲しかったのですが結局どこに行っても無くて、Gun smokeで我慢しました。サイドのオレンジのポイントが気に入ったのでそんなに泣く泣くというわけではないけれど。ついでに服もフラフラしたのですが、前から通勤で穿いてるパンツがペラペラになりつつあって、新しいのが欲しいなと色々見ていたのですが、なかなか気に入ったのが値段的にもデザイン的にも無かったんだけど、この時期ってばバーゲン時期だったのねという感じで、6割引くらいになっていたzaraのパンツをサクッと購入したりしてきました。

あと音楽ネタ的には、元々クラシックは好きなんだけど、帰省時に実家にゴッソリあるクラシックライブラリーをセッセコMP3に変換して持ってきたJ.S.Bachのオルガン曲集、だけじゃ飽き足らなくなって、ここ2週間くらいで3枚くらい買い込んでます。無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータヴァイオリン協奏曲フーガの技法です。特にフーガの技法に関しては内容も去ることながら、録音がデジタル録音で最近のモノなのに、輸入版だったからか、なんでか990円で投売りされていたので、速攻購入。なんかこれもとても得した気分でした。J.S.Bachは良いね。W.A.Mozartの方が昔は好きだったんだけど(浪人時代とか特に)、Bachを聴いていると、Mozartが単なるBachの焼き直しに聴こえて来たりしますな。Mozartファンの方申し訳ない。

そんな感じです。

Sunday, November 25, 2007

No Smoking

禁煙です。というか、もう煙草を嗜む事は金輪際御座いません。

切欠は必要が無くなったのと飽きたからです。いや、正直に白状すると煙草の美味しさなんて結局これっぽっちもわかることはありませんでした。あ、でもMarlboroSeven StarsLucky Strikeの中では、やっぱりLucky Strikeが一番煙草を吸っている感覚が強くて好き=美味しかったとなるかもしれませんが。私が煙草を嗜んでいた理由は、単に厭世的なポーズが取りたかっただけ、かつそれに定期的に浸りたかっただけというなんとも幼稚なモノです。それなりにヘビースモーカーでしたし、かなりのチェーンスモーカーでしたが、もうサッパリ辞めます。というか辞めてます。丁度一週間経ちました。

理由は前々回のエントリーと関連して、私自身、少し自分に対して正直になってきたというか、ポーズをとっているのが疲れてきたというか、必要以上に周りを意識しているのが馬鹿らしくなってきたというか、そういう面で、私自身が社会的に適合しないのであれば、容赦なく排除してくれと、その方が私としても楽だからと、そう思うようになってきたからです。究極的には男性の身体を受け入れ生き続けなければならない事実ほど、私自身に厭世的な感情を込上げさせる事実はなく、そういう意味でチャチな煙草なんぞ次元が違うのです。だから辞めました。その事実に気付き、受け入れられたからこそ、もう吸う事は無いと断言できます。

で、ついでに何か色々自分改革をしてみたくて、コンタクトレンズにしてみました。以前挑戦したのですが、あまりにも異物感が強くて断念してしまっていました。でも一昨日、しっかり眼科医さんとコミュニケーションをとって納得出来るとこまで頑張ってみようと思ってリベンジした結果、ハードレンズですが、以前のとは全く別次元の装着感というか、とっても異物感が無くて良い感じです。今日も10時間近く付けていましたが、結構慣れてきました。というより、眼鏡を掛けていない自分の顔を、ハッキリ鏡で確認するのが数十年ぶりくらいなので、少しショックだったりしましたが、これも慣れるでしょう。コンタクトは第一弾で、も少し自分自身に投資しようと思います。主に外見メインで。

あと、音楽はベースは少しサボり気味。CDはほとんど買ってません。絵は、本当に私は塗りが下手だなぁと認識しています。デッサンは全然苦にならないんだけど、塗りだけは苦手ですね。ベースがサボり気味なのは、暇があれば塗り塗りしているからなのです。完成したらBlogに投稿してみます。そんな感じですかね。煙草やめたら身体の調子がいいですね。あと吸う時間が無いから、空いた時間も確実に増えてますね。そんな感じです。

追伸。

コンタクトを付けたままお絵描きするもんじゃないですね。集中して眼を開きっぱなしだったのか乾きまくって痛くなってしまいました。速攻目薬差したけど。こういうときは眼鏡の方が良いですな。

Saturday, November 10, 2007

Life is hard .

特に何か言われたわけではないのですが、念のため断っておくと、前回のエントリーは別に自分は不幸な人間なんだ!どうだまいったか!と宣言したいわけではなくって、単に実は、こんな特性を持った人間なのでした!テヘヘというぶっちゃけ話程度のモノなのでした。誤解しないで頂けると幸いです。ええ。自分は十分幸福だと思いますよ。

と、自己弁護的に始まるのには訳があって、ついこの間ネットで見た文章が、とても良く練られていて、単純に素敵な文章を書ける人なんだなぁ感動したなぁと思っていたのですが、どうも必要以上に感情移入してしまって、また悪いことに、こういう経験から遥かに離れた位置に居るというか、絶対にこういう経験が出来ない位置にいる人がネガティブな感情になってしまったというエントリーを見てしまったからなのです。

世の中には多種多様な人がいると思うので誤解されるのは本意ではないという事なのですが、自己弁護が嫌いな人もいるので、こう書いていることすら誤解を招く可能性もあり、結局は開き直るか謝り倒すかという選択肢ぐらいしかないのかという気もしますが、私には当Blogスペースを利用してWEBへ文章を公開する権利を、未だに社会的に制限されていないので、とりあえず暇なときに発露し続けていこうと思うのですよ。

で、さっそく発露させて頂きますが、実は、感動した文章の方は既に削除されているようです。個人的にWEBに公開しておいて削除なんて、なんていう浅はかな人なんだろうと思うのですが、ネガティブになってしまった側にも、気になる一言が該当エントリーではないエントリーでありました。曰く;

子持ちの既婚者と、独身者では「背負っているものが違う」 …などというのは幻想です。

とのこと。なるほど中身を読んでみると一理あるとは思いましたが、それはあくまで人間が作る社会的に、そういう見方もある程度のレベルで、生物の生物たる所以という意味では完全に間違いなのだけれどな、と思ったという御話です。

人間には、例えば、考え方や生活習慣や能力、体型、容姿、もっと拡大して生物としても、見た目や能力といったパラメータに対して、様々な種類の値を持っていて、その数限りないパターンの組み合わせで発生する個性や特徴というモノがあります。何故そういうモノをわざわざ生物は発生させるのかという事を考えてみれば、それは何より多様性を作り出すことで生物としてのカタストロフィのリスクが確実に軽減するから以外の何ものでもなく、私や貴方や、そこらへんの犬や蚊やダニがどう思おうが生物自身が生物たる為に一番望んでいる事だからに他ならないと思うのです。そしてその多様性を持たすために、生物は世代を経て存在し続けるという方法を環境に選択させたのだと思うのです。これは選択しろと環境に対して幾分暴力的にアプローチしているようにも見えます。いずれにせよ、このサイクルは生物が望んでいることであり、生物が生物である所以であり、つまるところ我々人間の一番成さなければならない事だと思っているのです。

自分自身のハードデータと別のハードデータを混ぜて、両方のソフトデータに対しては統合せずにわざわざ破棄した新たなハードデータを作ろうとしない、作れないのが悪だと言いたいわけではないのです。ただ、結局そうやって世代を経ていくことでしか生物は存在し続けることが出来ないのであり、幾多の環境の選択にも耐えきり、生き残り、その後でさらに奇跡的な確立で、新たな自分の分身を生み出すことが出来て、さらにまた環境の選択に立ち向かいながら、自分の分身を次へ繋げることが出来るように導いていけたなら、当然、生物としての貢献度は高いといえるし、途方も無いエネルギーを必要とするのは明らかでしょう。つまり背負ってるもの違うとなります。

前述した通り社会的に云々という意味では、独身者でも背負っているものはあると思います。だけど確実に中身は違います。物理的にも経済的にも社会貢献度的にも違います。生物の個体として望もうが望むまいがに関わらず、この人間社会そのものが、地球環境からも選択されなくなってしまいつつある人間に残された、今一番手っ取り早い選択ロジックなのだから当然選択されなかった個体に対しては、生物としての成すべき事が果たせない事もあるでしょう。それは本当に当然で、むしろ、そのハードデータで果たせなかったという統計情報が、生物的に大切だ、くらいの勢いかもしれないのです。でも結局社会なんてマイノリティかマジョリティかという点でしか処理の分岐が走らないクソみたいなロジックだと思いませんか。本当に下らない。私は大嫌いですけどね。と、いう人間がいるのも多様性による選択を環境に対して生物が投げかけているお陰であり、反社会的な人間は、社会的な人間に大いに敵意を向けてこの社会を崩していくことにこそ、生物的な価値が生まれるのだと思うのです。くどいようですが、その対立構造さえ、環境的な選択ロジックの一部だからです。

まあ、ここまで考える人間は、あまり居ないでしょうけど。生き物でも動物ではなくて植物になっていたかったなぁと、私が思う所以は、上記のような世界観を、だいぶ昔から持っている為だったりします。

Monday, October 29, 2007

Create

一年に数回ほど、こういう精神状態になります。

どうも思うに、自分の女性的な面が刺激されると絵が描きたくなるようですな。といきなりカミングアウトっぽいですが(そうでも無いけど、要するになんか言いたい気分らしいですな)、まあ別に私とずっと付き合っている人は御存知かと思いますが、まあ別に重度ではないですが、そのケが自分にはあるようです。いや同性が好きなわけではないです。ないのですが、どうやら自分の性に、違和感を、普通の人よりも少し多目に感じていて、普段はそれほど意識もしないし、異性に興味があるのですが、極稀に普段しまっている感覚が首を擡げて来る時期があると。そういう話なわけです。

別に切欠が無かったわけではなくて、小学生の時にたまたま友達とじゃれていたのですが、彼が若干ませてたせいか、なんとなくそんな雰囲気で押し倒された時に、今までポッカリ空いていた隙間が埋まりそうな期待が忽然と沸いてきたというか。その時に空いた空間の存在も同時に意識したというか。ガキの自分には、そんな感情に素直に身を任せるなんてことは出来ず(いやもちろん彼だって冗談だったと思うのですが)意外な期待感と恥ずかしさに耐えながら平静を装って、じゃれ返したのを今でも覚えております。

まあ別に、こんな気分を呼び起こしたかったわけではないのですが、偶々週末に観ていた物で、不意に刺激されて少し憂鬱な気分なわけです。職場の後輩には少し話しましたけど、これはでも本音でああ、まだまだこの身体と付き合っていかなければならないのだなぁと思うわけです。五体満足なのに、とんでもない不謹慎な人間なわけです。

こういったところに関しては大学時代によく自己分析をしたものです。大学時代はそれはもう頻繁にこういう精神状態に陥っていましたし。どうも色々な方の話を聞く分には、私自身は愛情に飢えている感じが若干強いようですな。一人っ子にカギっ子で共働きという環境にもあったかもしれません。優しさと愛情に満たされたいと、他の人より少し多目に思っているようです。今の性ままでも満たされる事とか方法が、いくらでもあるはずなんですが、それを由としない自分が強くて、素直になることが出来ないというか、不器用というか。もっとダイレクトに身体に触れて優しく愛撫して欲しいと、それに素直に身を任せたいという願望が心の奥にあるのかもしれません。で、それを受けるためには異性にならなければならないと思い込んでいる(というか、じゃないと自分自身の拒否反応の方が強くなって無理です。ああこの感覚がダメなのか?いや無理だろ。なんか気色悪いし完全に萎えます)のかもしれません。なるほど、案外そうかもしれないね。どのみち、この違和感は良い気分はしません。大学時代とかは、まだ、化粧とかすればある程度代謝できた(まあ他人から見れば気分の良いものではないでしょうけど。一応写真をとって見せたら男性には見えないレベルにはなっていたようです)のですが、年も年ですし、そんな自分が逆に哀れで、もっと凹むので、社会人になってからは全くやってません。ご心配なく。まあそんな身の上話的な事はどうでもいいのですが。

で、絵の話。ちょっとタブレットとか、スキャナとか購入してみようかなとか思っています。いや、とりあえずスキャナだけでも欲しいかもね。一度PCで色塗ったり加工してみたりしたかったので。なんかストーリーでも考えようかと思って、ネタ帳とか開いてみたりしたのですが、全く関係ないけど、自分で書いたテキストがありました。なんか覚書というかここにも残しておこうかと思います。結構いいこと書くじゃん自分と思ってしまったので。

自由って何?なんでも好きにさせてくれってことか?それは誰かに許可を取らなきゃダメなのか?手前自身で、やるべきか、やらないべきか、やったらその後どうなるか、何かをするためには何が必要か、自分で考えて行動出来る脳みそと身体があるじゃないか。それを使いこなして勝ち取る物が「自由」だろ。与えられる物じゃないだろ。誰かに与えて欲しくて、与えられる「自由」っぽい何かは、自由なんかじゃない。ただ単に何かが起こったときに自分を守ってくれる「盾」が欲しいだけだから、他人に対して「自由」を求めるんだ。自分のこの先やることに一切責任が持てないから。自分を変えて、成長して進んでいくことが億劫で、大儀で、面倒臭くて、おぼろげな未来にすがって、現実を嫌になるぐらい見つめることもしないから、そういう盾が必要なんだ。

単純に良い文章だなと思っただけで深い意味はないです。いや別れた時に勢いで書きなぐったものなので。まあ見てないと思うけど、別に蒸し返そうとかそういう意味ではないので念のため。というかこれは自戒の文章にもなるな。いや身にしみます。肝に銘じておこう。ってまた話がそれてしまった。と、そんな気分の時期なので非常に創作意欲が刺激されておるのです。週末暇だったら久々にペンでもとってみよう。スキャナとか購入して取り込んだりしてみようかね。

なんとなく徒然と書いてみました。ぶっちゃけると女性に生まれたかったという話です。

Monday, September 24, 2007

Pierce the veil

最近はKoЯnEvolutionばかり聴きまくっているのですが、いやKoЯn良いです。なんだかんだで良いのです。

秋葉原のタワレコが一番職場から近く、そこを利用することが多いのですが、どうもあそこのバイヤーのセンスが私と合わないらしくrecommendされている物がどうもピンと来ない。やっぱタワレコは新宿南口のトコが一番いいなぁとか感じていますが、そんななかでもグッと来たのがPierce the veila flair for the dramaticです。The Usedの1stバリのPOPさと混沌具合がとてもステキです。なによりお気に入りなのがi'd rather die than be famousです。なんか暴力的にコミカルかつ疾走感ただようニクイ感じの曲調で、夏季休暇で帰省する際に仙台からフェリーに乗ったのですが、常磐道→磐越道→東北道と延々と流していてもまったく飽きが来ない、むしろ逆にノリノリみたいなとても楽しいドライブだったのでした。

ついでに最近他に何か気になったのを上げてみると、やっぱ冒頭にも書きましたがKoЯnはやばいね。個人的にはIssues以来のハマり具合です。あとはLast WinterUnder the silver of machinesですね。2ndらしいです。キャッチーな感じでクセがないので万人ウケしそうな感じ。他にはDeas VailAll The Houses Look The Sameなんかをガラにも無く聴いてます。もともとエモいの好きだしね。秋の夜長にピアノなんてどうでしょうかみたいな。

って感じで一気に紹介してみました。